0332:悲しい戦士のギャンブル



 君はこんな私を見て、どう思うだろう。
 君はこんな私を見て、どんな顔を浮かべるだろう。
 私には、予想もつかない。
 いや、こんな言い方は卑怯だな。
 私には、考えられない。もしくは、考えたくない。
 だって、目に見えているじゃないか。
 君が何を思い、私にどんな顔を浮かべるかなんて。
 それでも、私は蛇の道を行く。
 我ながら、分の悪い賭けだとは思うよ。
 でも、もしかしたら救えるかもしれないんだ。
 全てを。
 それは、ほんの一握りの可能性だ。
 でも、救えるかもしれない。
 全てを。
 もちろん、


 カズキ、君も――――


 〜〜〜〜〜


 死者への執着。
 戦士としては恥ずべき所業と、笑うべきだろうか。
 笑いたければ笑うがいい。今の私は、全てを受け入れた上で背徳行為に臨んでいるのだから。
 私が殺した人のことは、忘れない。
 彼がどんな思いで、どんな決意で虐殺を繰り広げてきたのか。
 私は信じたい。
 彼に、そうまでさせた希望を。
 ドラゴンボール……龍が眠りし七つの宝玉。
 いくら考えても、御伽話にしかならない戯言だな。
 違う。
 戯言で希望が生まれるものか。
 戯言で人が殺せるものか。
 彼とて戦士。
 皆を守るため、最善の策を取ろうとした戦士だ。
 私は忘れない。
 彼の思い、彼の希望、彼との約束。
 クリリンという心優しい戦士の名を背負い、私は、使命を果たす。

「待っていたよ」

 仲間は要らない。
 私の使命に、悲しみは不要だから。
 悲しみの種は、もういらないんだ。


 〜〜〜〜〜


 アビゲイルと春野サクラ。
 ドラゴンボールが使えない可能性がある。これをクリリンに伝えるため、二人は名古屋城へと訪れた。
 もし、本当にドラゴンボールが使えないというのなら、今までのクリリンの所業はすべて無駄になる。
 殺した死者はもう元には戻らない。それでも、これ以上犠牲を出さないために。
 
 名古屋城を視野に確認し、その城内に続く階段の上方で待ち構えていたのは、一人の少女だった。
 小柄な坊主頭、クリリンではない。サクラが言っていた、クリリンの計画に賛同した者、津村斗貴子であった。
 まず二人には、一つの疑問が過ぎる。
 クリリンはどこに行ったのか? 視界には、斗貴子一人しか映っていない。
 そして、もう一つの疑問。
 斗貴子の脚部には、銀の光沢を闇夜に光らせた、金属製の刃が見える。数は四。右足に付けられた二つの矛先は、サクラに。左足に付けられた二つの矛先は、アビゲイルに。
 闇夜でも、はっきりと判別できた。斗貴子が翳すその刃は、日本刀でも西洋の剣でもない。
 処刑鎌。英語で言えば、デスサイズ。その使用目的は、罪人の処刑がほとんどである。
 罪人――ホムンクルス――以外に、向けてはならない代物だった。
 これが、もう一つの疑問。
「あちらのお嬢さんが、津村斗貴子さん……彼女はなぜ、私たちに武器を向けているのでしょうか」
「分かりません」
 斗貴子とは初対面であるアビゲイルはもとより、彼女と一度会話したことのあるサクラでも、その意図は掴めなかった。
 クリリンはどこに行ったのか。
 斗貴子はなぜ、自分たちに武器を向けるのか。
 答えは、すぐには出てこない。
 考えている最中も、時は流れる。

 そして、三者が顔を合わせて八秒ほど、
 一日目の終わりを告げる、放送が流れた。


 〜〜〜〜〜


 私は、今日のこの日を『魔の一日』と名づけましょう。
 ブルマさんにリンスレット・ウォーカーさん。
 そして、あろうことかティア・ノート・ヨーコさんまで。
 私の信愛すべきお嬢さん方が、この一日で三人も死んでしまった。
 よもや、『私に関わった女性は早死にする』というようなジンクスでもあるのでしょうか。
 だとしたら、サクラさんも危ない。
 何が危ないって、今正にそのジンクスが立証されるかもしれないのです。
 放送で呼ばれた名には、私の知るお嬢さん二人の他、ある男性の名前も呼ばれました。
 クリリン。
 私はその一瞬でピンときましたね。
 彼女、津村斗貴子さんが私たちに刃を向ける訳。
 それもまた、正義ゆえ、なんでしょうなぁ……


 〜〜〜〜〜


「クリリンって……ウソ」
 放送を聴いたサクラは、驚愕した。
 つい数時間前まで、新たな志を共にした仲間。それが、ほんの少しの時間別れていた間に、死んでしまった。
 これが、このゲームのトラップとも言える現実。別離は死を招き、悲しみを呼ぶ。
「斗貴子さんッ! 今クリリ――」
「クリリン君は、私が殺した」
 サクラが言いたいことを先読みし、言い終える前に答えは返ってきた。
 クリリンハワタシガコロシタ。
 クリリンは、津村斗貴子に殺された。
 何故?
「どうしてですか!? なんであなたが……」
「限界だったんだ、彼は」
 斗貴子の淡々とした言葉は、サクラではなく空に向けて放たれる。
 本当に、何故あんなことをしたのか。
 まるで自分に言い聞かせるように。
「彼は、十分に戦士としての役目を果たした。それこそ、自分の身が滅びるほどに。そんな彼を、これ以上戦わせることなどできなかった」
 そうだ、だから、自分が受け継いだ。
「だから私は、殺した」
 孤独な戦士の使命を。
「クリリン君の意思を継ぎ」
 繋がらない言葉に意味はない。だが、斗貴子の放つ一言一言には、確かな意味があったのだ。
「私が救う」
 それは、使命と呼ぶにはあまりにも重い、戒めようなもの。
「全て救ってみせる」
 語る斗貴子の顔には、表情がない。
「皆、生き返らせる」
 喜びも、怒りも、なにもない。
「クリリン君の代わりに、私が」
 それは、使命に従順な、戦士の表情だった。
「錬金の戦士として」


 意味が分かりませんよ。
 素直にそう思った。
 しかし、サクラはそれを言い出せずにいる。
 意味深な言葉の連続に、具体性はない。唯一つ分かるのは、クリリンは斗貴子が殺したのだということ。
 そして、その理由は斗貴子の放った一つ一つの言霊に詰まっている。理解できるか理解できないかは問題ではない。
 斗貴子の言葉は、単なる説明のためのものではないのだから。

「事情は分かりました」
 斗貴子の決意に圧倒され発言できずにいたサクラだったが、その隣人は違う。
 アビゲイル。彼は、物事を利己的に考えることが出来る人間だ。それでいて、感情というものもよく理解している。
「まずはご挨拶をしましょう。私の名はアビゲイル。先ほどこちらのサクラさんとお会いし、ここまで行動を共にさせてもらいました」
 喋りだすアビゲイルだったが、彼の言葉を受けても、斗貴子はただ一点に視線を集中させるのみだった。
 その一点とは、虚空。傍から見れば、上の空とも取れる。
「それというのも、彼女達がおもしろい計画を持っているというからです。なんでも、ドラゴンボールという玉を使えば、このゲームをなかったことに出来るとか」
 斗貴子は無言。
「しかし、その計画を持ち出したというクリリンなる人物。実は彼、私の仲間のお嬢さん――ブルマさんを殺害したマーダーでしてね。危険人物としてマークしていたんですよ」
 斗貴子は無言。
「ですがドラゴンボールですか。なるほど。確かにそんなものがあれば、彼が知り合いを殺すという奇行に走った理由も理解できます。ですがね」
 斗貴子は無言。
「あなたは本当にそんなことができるとお思いなのですか? 仮にドラゴンボールの話が真実だとしても、主催者がその存在を封じている可能性もあります」
 斗貴子はやはり無言。
「優勝したとしても、ドラゴンボールは使えないかもしれない――先ほどの放送で言われた、『蘇生』についてもそうです。参加者にあらぬ希望を持たせ、殺戮に走らせようとしている」
 アビゲイルはなおも喋り続ける。
「あなたは主催者に踊らされているだけだ。今からでも遅くはない、考え直すべきです」
 そこで、アビゲイルの語りは途絶えた。
 しかし、やはり斗貴子は無言を貫き通し、
 二人に、刃を向ける。

「そんなことは分かっている」
 斗貴子には、初めから興味がなかった。
 アビゲイルの存在にも、言葉にも。
 ドラゴンボールが嘘?
 ドラゴンボールが封じられている?
 そんなことは百も承知だ。
 だからこそ、分の悪い賭けなのだ。
「それでも、私はドラゴンボールに懸ける」
 ギャンブルは好きではない。
 でも、その先に希望があるのなら。
「小さな希望に、懸けてみせる」
 それが例え、『他者の命』というチップが必要なのだとしても。


「……なるほど、よく分かりました」
 アビゲイルのいつもと変わらぬ口調は、その場の空気を張り詰めた。
 冷たく、静かで、重い声。苦渋に感じながらも、認めてしまったのだ。
 津村斗貴子を、ゲームに乗った者と。
「そんな、斗貴子さん……!!」
 斗貴子に駆け寄ろうとしたサクラを、アビゲイルが鋭い眼光で制した。
 もはや説得は無駄。
 斗貴子には、もう迷いは見られなかった。

 そして、バルキリースカートの矛先は二人から離れない。

 いつの間にか、アビゲイルも雷神剣を抜いていた。
 それは、他ならぬ交戦の合図。サクラはアビゲイルの下した決断に納得が出来ない。
 割り切れない。それでも戦いは始まる。
「抵抗はするな……そうすれば、楽に終わる」
 バルキリースカート――戦乙女の名を持つ戦具を翳し、戦女は舞い降りる。
 上段からアビゲイルのいる下段まで、段差を歯牙にもかけないスピードで駆け下りてくる敵。
 斗貴子の走りには、確かな殺意が込められていた。
 雷神剣を前に待ち構えるアビゲイルは、その刹那に大粒の汗を垂れ流す。
 刹那に確認できた斗貴子のスピード、これは常人のものではない。明らかな戦士の脚力。
 異質な形態をとるあの扱いづらそうな武器も計算に入れると、斗貴子は戦闘のプロであることが窺えた。

 思考は一秒。
 決断を下すまでに一瞬。
 勝算はある。
 ここは、この手しかあるまい。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 大きく息を吸い込み、アビゲイルは顔を膨らませて行動に移る。


「……見逃してください!」
 その言葉で、さすがの斗貴子も動きを止めた。
「なっ……」
 驚愕の表情を見せたのは、仲間と敵である二人の女性。
 戦闘は避けられないと覚悟した刹那、一人のおっさんは雰囲気をぶち壊すような戯言を吐いたのだ。
 一時の間が生まれ、瞬間、その場から殺意が失せた。
 チャンス。アビゲイルは狙い通りの展開に、怒涛の追撃を図る。

「もちろんただという訳ではありません! あなたが今後ドラゴンボールを使った計画に従事するというのなら、私たちはそれを一切邪魔しません!
 他の参加者にも他言無用、あなたのことも、ドラゴンボールのことも知らぬ存ぜぬで通します! あ、そうだ! なんならこれも差し上げましょう!
 このカードは『衝突』と言いましてね、まだ会ったことのない参加者の下に一瞬で移動できる魔法のようなカードなのですよ! 
 ドラゴンボールを使うなら、いつかはピッコロという方と接触する必要があるでしょう? その時になったら、是非お使いください! 
 参加者が減ってからなら、遭遇する確率もグンと高くなりますよ! 
 あ、これでも不満があるというのであればアビゲイル・コレクションの中からいくつか武器を……」

「いや、いい」
 アビゲイルの怒涛の追撃は、言葉攻め。
 早口で見逃して欲しいと進言するアビゲイルの無様な格好に呆れたのか、斗貴子とサクラはポカンとした表情で戦意をなくしていた。
 これこそが、アビゲイルの狙い。
 相手がまだ人の心を失っていない心優しいマーダーだからこそできた、アビゲイル秘伝、戦闘回避の法。
「見逃してくださるのですか?」
「……妙な命乞いをする人だな、あなたは。見たところ相当の実力を持った戦士のようだが、なぜそうまでして戦いを拒む?」
「年を取ると疲労が激しくてね。お嬢さんのような若い方とはやりあうだけで四苦八苦なんですよ。それに、私は戦いを望みません」
「そうか……」
 ゲームに乗ることを決意した斗貴子に、アビゲイルは笑顔を向ける。
 この笑顔も彼の計算のうちなのだろう。喰えぬ男だ。
 そう思いながら、斗貴子は内心で苦笑していた。

「分かった。それほど言うのなら、この場は見逃そう。だが、そのカードは貰っていく」
 そう言うと斗貴子は刃の矛先を二人から外し、アビゲイルが喋ると同時に取り出した一枚のカードを示した。
『衝突』。使用者をこのゲーム中で会ったことのない参加者の元へ飛ばす効力を持ったカード。
 これを使えば、計画の要となる人物、ピッコロとの遭遇も容易になる。
「おお、話の分かるお嬢さんで助かります。どうぞどうぞ」
 一歩、二歩。
 カードを受け取るため、アビゲイルと斗貴子の両名が歩み寄る。
 アビゲイルの左手には、『衝突』。右手には、雷神剣。
 そして斗貴子の太ももには、未だバルキリースカートが装着されている。
(えっ……?)
 横から見ていて気づいたが、この二人はまだ、武器を装備しているではないか。
 サクラは一瞬嫌な予感を感じ、表情を曇らせた。
 が、その間も一歩、二歩、二人の距離は狭まっていく。
 距離にして、一メートルあるかないか。
 お互いの手と手が交差する位置まで到達し、カードの受け渡しが行われる。
 と、思った直前。

 無粋な鉄の可動音が鳴り響いた。

「なっ……!?」
 一瞬の出来事で、サクラは声をかけることもできなかった。
 瞬きの間に動き出したバルキリースカートの刃は、アビゲイルの喉、各関節、腹部へと、動きを封じるように全身を指し示している。
 アビゲイルはというと、手に持っていた雷神剣を地に毀れ落とし、「参りましたね」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「…………やはり喰えぬ人だ。今の一瞬、私から戦力を奪おうと画策していただろう?」
「よく分かりましたね」
「一瞬だったが、視線が私のバルキリースカートを見渡していたからな」
「いやはや、お嬢さんの綺麗なおみ足を拝見していたことがあだに……もとい、珍しい形態の武器だったのでね。仕組みを読み取るのに苦労したんですよ」
 寸でのところで刃を突きつけられたまま、苦笑するアビゲイル。
 今の一瞬、あわよくばバルキリースカートを破壊できないかと企んでいたが、どうやら狙いはばれていたらしい。
 スピードの点でも斗貴子は上を行き、結果アビゲイルは絶体絶命の窮地に陥った。
「アビゲイルさん!」
「君は動くな。君が少しでもおかしな行動を見せれば、私は即彼を切りつける」
 アビゲイルの危機を感じ、飛び出そうとしたサクラにも制止をかける。

(…………………まるで悪党だな)

 そのまま数秒の間が発生し、斗貴子は自分の所業を見つめなおして、そして笑った。
 人々を守るべき錬金の戦士が、このような悪態を行っている。
 恥ずべき行為だ。だが、そんな恥じがなんだというのか。
 悪党と呼ぶなら呼べ。
 罪人と汚すなら汚せ。
 そうでなければ、クリリンの意思は継げない。

「さて、あなたは私に嘘をついたわけだが、なにか弁解はあるか?」
「なにも。今の勝負、完全に私の負けでした。やはり若さには勝てませんな」
 命の危機に晒されているというのに、アビゲイルはどこか余裕を見せている風だった。
「斗貴子さん、もうやめてください! こんなこと、馬鹿げてます!」
「サクラか……そういえば一つ訊きたいのだが、ヤムチャさんはどうした? 君は彼と一緒に行動していたのではないのか?」
「う……ヤムチャさんは……」
 私を見捨てて逃げました。
 あまりにも情けない事実に、サクラは言葉を詰まらせた。
「言わなくても分かる。彼も、どこかで人数減らしに駆け回っているのだろう。彼とクリリン君は苦楽を共にした戦友だったと聞く。ドラゴンボールに見た希望も、同等のものだったのだろう」
 クリリンにヤムチャ。この二人は、疑うことなくドラゴンボールの力を信じていた。
 それこそが、ドラゴンボールの持つ力の証明ではないか。主催者が封じているなど、誰が言い切れるものか。
「とにかく! アビゲイルさんを離してください! そのカードは持っていっていいから!」
「この期に及んで、まだ私に見逃せと?」
「そうしてくれるとありがたいのですがね」
 そう言ったアビゲイルの顔は、未だ薄ら笑っているようだった。
 こんな状態になって、まだ策があるとでも言うのか。
 アビゲイルからは、不思議と不気味な何かを秘めているように感じがする。
「…………そうだな、ではもう一つ交換条件を出そう」
 アビゲイルの不敵な笑みに臆したのか、斗貴子は刃を進めようとはしなかった。
 代わりにさらなる交渉を申し出たのだ。
「サクラ、君が持っているそのアイテム……スカウターだったかな。それも譲ってくれえれば、今の一瞬は全て水に流そう」
「え……スカウターを、ですか?」
「不服か?」
「い、いいえ! これで見逃してくれるって言うんなら、持っていってください!!」
 サクラはスカウターを外し、斗貴子の方へと放る。
 それを掴んだ斗貴子は、緊張する空気の中、徐々にバルキリースカートを離し始めた。
「……今度こそ、見逃してくれると解釈してもいいのですかな?」
「あなたも、今度こそ何もしないだろうな」
 互いに警戒しながら、距離を広げていく斗貴子とアビゲイル。
 交渉は一応の成立を果たし、斗貴子の手には、戦利品であるスカウターと『衝突』のカードが握られていた。
「一つ、忠告しておく」
 去り際、斗貴子が二人に最後の言葉を吐いた。
「次に会った時は、容赦はしない」
 短く、それだけ。
 アビゲイルとサクラはその言葉に頷きもせず、ただ冷や汗を流しながら斗貴子が去っていくのを見送った。

 名古屋城での交錯。
 戦闘には至らなかったのが幸いか。
 それでも、最悪の出会いだ。
 悲劇の戦士の去り際は、夜風に舞って冷たく終わる。


 〜〜〜〜〜


 斗貴子が去り、 アビゲイルとサクラの両名は名古屋城近くの民家で身を休めていた。
「はぁ〜」
 不意に、溜息が毀れる。
 二人の肩には、戦闘をしたわけでもないのに重度の疲労感が圧し掛かっていた。
「いやはや、しかし運がよかったですねぇ。もし彼女が強攻策にでも出ていれば、私たちもただでは済みませんでしたよ」
 数分前の邂逅。もし斗貴子が血も涙もないマーダーと化し、交渉の余地なく襲ってきたら、二人揃っての生還はできなかったかもしれない。
 もちろん負傷の身とはいえ、アビゲイルとサクラが二人がかりで交戦すれば、斗貴子は退けただろう。
 だが、それはアビゲイルの信念が許さなかった。
 理由はどうあれ、斗貴子はあれで正義に準じているだけなのだ。
 ドラゴンボールという一欠片の希望に縋りつき、皆を救おうとしている。
 そのために、孤独な惨劇を繰り広げようとしている。
 そんな可哀想なお嬢さんを、傷つける気は起きなかった。
「出来ることなら、もうお嬢さん方の傷つく姿は見たくない……」
 それは、サクラにも言えたことだ。
 ブルマにリンス。守ると誓った二人を死なせてしまった。男として、こんなに嘆かわしいことはない。
「私は救いますよ、斗貴子さん。今度会ったときには、きっと私が止めてみせます」
 空に浮かぶ、月に誓う。
「もちろんサクラさんも死なせはしません! 今度こそ、私がこの手でお嬢さんを守ってみせます!」
 腕を大きく突き上げ、男は決意を新たにした。

「あのぉ〜……その恥ずかしい決意はいいですから、これからどうするか決めませんか?」
 隣では――おそらくこのアビゲイルが原因であろう――精神的に疲れ果てたサクラがいた。
「おお、これは失礼。そうですな……私としては傷を癒し、どうにかして斗貴子さんを止めたい。それに、首輪の解析も進めたいですな」
「じゃあ今日はもう休みましょう……いい加減疲れましたから」
 時刻を見れば、もう零時を回っている。大勢の参加者が死んだ一日目が終わり、既に二日目が始まっていた。
 当初の目的であった悟空との合流は、スカウターを失ったこととヤムチャの離脱により困難になった。
 予定より早いが、ここは一刻も早く両津達と再合流し、これからの方針を練り直すべきか。
 いや、それともヤムチャを探し出して馬鹿なことは止めさせるべきだろうか……。
(……いや、腹が立つからしばらく放っておこう)
 サクラは、未だ見捨てられたことを根に持っていた。


 〜〜〜〜〜
 
 サクラが寝静まり、アビゲイルは一人思案していた。
 これからのこと。ドラゴンボールのこと。首輪のこと。考えるべきことは、山ほどある。本音を言えば、寝る間も惜しい。
 しかし、現実を考えればそうもいかない。お嬢さんを守るため、自分はベストのコンディションでいなければならない。
 不意に、改造したドラゴンレーダー――オリハルコンレーダーに目をやる。
 数分前、ここ名古屋から北西に向かって一直線に移動する光点があった。
 おそらくは、斗貴子の持つなんらなかのオリハルコンアイテムのものだろう。
(この光点から目を放さなければ、少なくとも斗貴子さんの居場所は把握できますが……)
 彼女はどこに向かっているのだろうか。
 スカウターを駆使すれば、参加者との接触も容易だろう。もちろん、それを利用しての奇襲も。
 マーダーの居場所が分かっているというのに、何も出来ない自分。
(不甲斐ない)
 できれば、津村斗貴子は殺さずに止めたい。
 彼女が既に説得が通じない領域にいるということも分かる。
 それでも。

「ブルマさん、リンスレットさん。あなた方のような悲劇を繰り返さないためにも、私が守ります」
 サクラも、斗貴子も。


 死んでしまった者は、もう戻らない。
 絶対に。
 人の命は儚く、尊い。
 だからこそ、守るべき価値がある。
 守る。
 言うは簡単だが、実行は難しい。
 アビゲイルは、既に二回失敗した。
 守れる距離にありながら、守れなかった二つの命。
 それだけではない。
 自分の知らぬ所で死んでしまった、三人の仲間の命。
 残された者は、新たな命を守ろうとする。
 それが勤め。
 生き返らせようなどとは、思ってはいけない。
 死者への執着など、愚かだ。


 〜〜〜〜〜


 走る女戦士は、夜を恐れない。
 新たに手に入れたスカウターは、他の参加者の場所を察知できるアイテムだ。
 使い方によれば奇襲も容易く、交戦を回避することも出来る。
 斗貴子が選ぶ使い道は、もう決まっていた。
「…………なかなか、冷酷にはなれないものだな」
 先ほどの邂逅。やろうと思えばやれたはずだ。
 二人相手では確かに分が悪かったが、それでもどちらか一人くらいは仕留められたはず。
 それをやらなかったのは、効率を計算してのことだ。だが、それは単なる『逃げ』の理由でしかない。
 斗貴子は、未だ冷酷な殺人鬼にはなれなかった。
 進む道を北西に定めたのもそのためだ。
 愛知県付近にはケンシロウや西野つかさ、関東方面には桑原和馬がいるはず。
 できれば、もう知り合いには会いたくない。アビゲイルとも、サクラとも。
「次に、誰かに会った時は……」
 殺す。確実に。
 躊躇いは、これで最後にしよう。
 甘えは、これで最後にしよう。
 そして、殺そう。
 そして、生き返らせてあげよう。

「……朝まで休むか」
 決意は固まった。
 核金のおかげで傷は癒えたが、『残酷になる』という決意を抱かせるまでの精神的疲労は癒えることはない。

 次に目覚めた時、そこに心優しい戦士はいない。
 ただ、人を殺すことに準じる、悲しい戦士がいるだけだ。
 たった一握りの希望に懸け、人を殺す戦士が。
 錬金の戦士は、夜に消えていく。





【滋賀県/深夜】
【津村斗貴子@武装練金】
 [状態]:肉体的、精神的に軽度の疲労。左肋骨二本破砕(サクラの治療により、痛みは引きました) 核鉄により常時ヒーリング
 [装備]:核鉄C@武装練金、リーダーバッチ@世紀末リーダー伝たけし!、スカウター@ドラゴンボール
 [道具]:荷物一式(食料と水を四人分、一食分消費)、ダイの剣@ダイの大冒険、ショットガン、
     真空の斧@ダイの大冒険、首さすまた@地獄先生ぬ〜べ〜、『衝突』@ハンター×ハンター、子供用の下着
 [思考]1:朝まで休息。その後、関西、中国地方を中心に人数減らし。
    2:参加者を減らし、ピッコロを優勝させる。
    3:友情マン、吸血鬼を警戒。
    4:もう知り合いには会いたくない。

【愛知県/深夜】
【アビゲイル@バスタード】
 [状態]:精神力体力疲労大、左肩貫通。全身、特に右半身に排撃貝の反動大。無数の裂傷 (傷はサクラによって治療済み)
 [装備]:雷神剣@バスタード、ディオスクロイ@ブラックキャット、排撃貝@ワンピース、ベレッタM92(残弾数、予備含め31発)
 [道具]:荷物一式×4(食料・水、十七日分)、首輪、ドラゴンレーダー(オリハルコン探知可能)@ドラゴンボール、超神水@ドラゴンボール、
     無限刃@るろうに剣心、ヒル魔のマシンガン@アイシールド21(残弾数は不明)、『漂流』@ハンター×ハンター
 [思考]:1.朝まで休息。
     2.サクラを護る。
     3.なるべく早い内に斗貴子を止めたい。
     4.レーダーを使ってアイテム回収。
     5.首輪の解析を進める。
     6.協力者を増やす。
     7.ゲームを脱出。

【春野サクラ@ナルト】
 [状態]:若干の疲労 チャクラ小消費
 [装備]:マルス@ブラックキャット(アビゲイルから譲渡)
 [道具]:荷物一式(一食分の食料を消費、半日分をヤムチャに譲る)
 [思考]:1.朝まで休息。
     2.四国で両津達と合流。
     3.四国で合流できない場合、予定通り3日目の朝には兵庫県に戻る。無理なら琵琶湖
     4.ナルトと合流する
     5.ヤムチャは放っておこう。


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